歴史家と自分におもったこと

私は経済学部生として、ドイツ政治の変遷を学べる講義を履修しています。毎週金曜日に一番の楽しみな講義で、何しろ教授は歴史家の中でも若手であるが故に、授業の展開も若者に気を配った内容で飽きさせません。

毎回講義後には質問カードが配られ、次回の始めには大量のざっくばらんな質問を歴史家の見地でこたえます。今日はこの時間で「共謀罪」についての質問と回答があり、そこに違和感を感じました。私自身「テロ等準備罪」についてまだまだ勉強不足です。しかし、教授は「いずれ私の発言も弾圧されますね」と述べられていました。その他にも教鞭をとる者として、如何なものかと感じるシーンがありました。

また一番の問題は、教授の発言に対しての意見が私自身になかったことでした。新聞を読むことで批判的視野を広げていくことができていると錯覚していた自分に落胆しました。

大学のような比較的自由度の高い教育現場に言論の自由は通じるのでしょうか。

私は今日感じたことから、この場を日常的に意見をクリエイトする空間として使っていこう思います。