同時並行で作業をこなす方法

この頃、よく考えるようになった「マルチタスク」という言葉

私が言う「マルチタスク」はIT用語でCPUが行うマルチタスクではなく、人間が作業を同時に抱えておこなうマルチタスクである。主体が人間であるマルチタスクにも二種類あるが、ここでいうものは刹那的に二つ以上のことをおこなうマルチタスクでなく、期間内に抱えた作業を効率よくすべてを完遂させていくマルチタスクである。

 

私には現状これができていない。

中学、高校とこれができないが故に定期試験の成績も、教科によって偏りがあったのではないかとおもう。最後の学生生活で習得するのが重要な課題であるので、日々の進捗を評価するうえでも、このブログを有意義に利用していきたい。

 

PDCAサイクルのなかでの行動をより、可視化させ頭の中は常にクリアで一つの作業に集中するのである。これが重要だと、今現在感じているの実践していきたい。

 

 

時間の有限性と意識

前回の投稿より既に一週間以上経ってしまい、習慣化の難しさを痛切におもった。日々のルーティンや私生活での乱れが投稿にも響いた。週始めの日曜日を如何に過ごすかで、その週の濃密度が変化することも日記で実感したものなので対策をしていきたい。

 

今回のタイトルである「時間の有限性と意識」は私生活の大きな悩みであり、2017年一月から半年以上改善に取り組んでいるのだが習慣を作ることができずにいる。どうしても、夏期休暇が始まるまでには時間を自分のモノにしたい。

 

PDCAサイクルを用いて自らの行動是正をするのであれば、はじめの計画タスクを日曜日に疎かにするだけで日々の忙しさに目的を失い、時間の意識さえも失われる。

 

また、五月の通学時間はかなり有意義に過ごせていた自分がいたのは自己啓発にカテゴライズされる書籍を読み、自らを高める時間を作っていたからだと、この記事を綴りながら確信した。自己研鑽という言葉が大好きになりつつある。

 

 

今回は論理的な展開のないつぶやきの塊の記事になってしまったが、投稿せずにいるよりマシだと判断した。そして、ここにある悩みのエッセンスを振り返る空間にもしようと考えている。

 

 

歴史家と自分におもったこと

私は経済学部生として、ドイツ政治の変遷を学べる講義を履修しています。毎週金曜日に一番の楽しみな講義で、何しろ教授は歴史家の中でも若手であるが故に、授業の展開も若者に気を配った内容で飽きさせません。

毎回講義後には質問カードが配られ、次回の始めには大量のざっくばらんな質問を歴史家の見地でこたえます。今日はこの時間で「共謀罪」についての質問と回答があり、そこに違和感を感じました。私自身「テロ等準備罪」についてまだまだ勉強不足です。しかし、教授は「いずれ私の発言も弾圧されますね」と述べられていました。その他にも教鞭をとる者として、如何なものかと感じるシーンがありました。

また一番の問題は、教授の発言に対しての意見が私自身になかったことでした。新聞を読むことで批判的視野を広げていくことができていると錯覚していた自分に落胆しました。

大学のような比較的自由度の高い教育現場に言論の自由は通じるのでしょうか。

私は今日感じたことから、この場を日常的に意見をクリエイトする空間として使っていこう思います。